交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

038 公害から環境、そしてエネルギーへ
2014年06月17日
後藤 雄一(研究コーディネーター)

1. はじめに
 環境という言葉が、自動車関係で広く使われるようになってどのぐらい経つのだろうか?その前には、公害という言葉がよく使われていた。公害は、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることをいう。1)


2. 公害と環境
 日本で最初に大気汚染に関する法律が制定されたのは、1962年の固定発生源に対する「煤煙の排出の規制等に関する法律」であり、その後1968年の大気汚染防止法に吸収される。1964年に内閣総理大臣の諮問機関「交通基本問題調査会」から大気汚染防止のため自動車の対策について答申し、当時の運輸省は「自動車排気有害ガス防止対策長期計画」を策定して対策に乗り出した。1966年に運輸省はCOを対象とした「自動車の有害な排気ガスの排出基準」を告示し、運輸省と1971年に発足した環境庁の両省庁は1972年に排出ガス試験方法を改正し、濃度規制から重量規制に変更するとともにCOに加えてHCとNOxを規制対象に加え、4モードから10モードへ走行モードも変更した。これ以降、環境大臣の諮問機関「中央公害対策審議会(現中央環境審議会)」において自動車排出ガス対策が検討されてきている。2)
 1970年に米国でマスキー法(大気浄化法)が成立し、当時世界で最も厳しい自動車排出ガス規制となった。日本でも1972年に中央公害対策審議会から米国と同等の規制が答申された。米国では施行延期という形となったが、日本は51年度規制、53年度規制を経て日本版マスキー法を完全実施した。結局、日本が率先して日本版マスキー法を世界に先駆けて実施し、国内自動車メーカー各社もよくこれに応えて規制を達成するにいたった。日本における排出ガス対応技術は世界でも目を見張るものがあり、先行していた欧米の自動車技術に名実ともに追い着いただけでなく、国内自動車メーカー各社は世界トップクラスの技術力を持つ自動車メーカーとなった。日本の排出ガス規制は、世界の中でも最も厳しく、官民の努力のかいもあって大気環境の改善に寄与してきた。
 自然環境保全法と統合して複雑化・地球規模化する問題に対応するために、それまでの公害対策基本法は1993年に環境基本法として制定された。公害問題を環境問題というより広い枠組みで捉えるようになって、公害という言葉があまり使われなくなり環境という言葉が使われるようになった。地域の問題だけでなくより広範囲の問題として捉える考えが広まり、人々の意識が地球全体に広がってきたことを示している。今では公害問題は地域環境問題の一つとされる。今では、大気環境のうちNO2やSPMは大幅に改善している。厳しい排出ガス規制の結果、周囲の大気環境よりもテールパイプからの規制排出ガスの方が低濃度である場合も認められ、ある意味では走ることで空気をきれいにすると言われることもある。
 残る課題はオキシダントやPM2.5であるが、これは自動車との因果関係が未だ不明確であることから、因果関係を明らかにすることが先決であるということでいま一つ改善に踏み込むところまでになっていない。今までの公害問題対策は負の課題を解決することであるが、より良い環境にするために更なる環境問題対策として予防的な取組を検討する時期にきているのではないかと考える。 1992年の環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)リオデジャネイロ宣言の第15原則にも予防的取組(Precautionary Approach)として以下のようにまとめられた。「環境を防御するため各国はその能力に応じて予防的取組を広く講じなければならない。重大あるいは取り返しのつかない損害の恐れがあるところでは、十分な科学的確実性がないことを、環境悪化を防ぐ費用対効果の高い対策を引き伸ばす理由にしてはならない。」日本もこの宣言に署名し、2012年の第四次環境基本計画の中に予防的取組について記載している。予防的取組に取り組む能力がある日本のような国において空気をきれいにする自動車が成立するのであれば、それは今までの公害問題対策から本当の環境問題対策になり、日本以上に大気汚染に困っている国にも役に立つ気がする。


3. 環境と安全
 「環境と安全」と独立概念のように表現したが、安全問題と環境問題は、根は一緒であり、いずれも最終的には危険がないこと、被害(有形・無形を問わず)を受ける可能性がないことを目指している。言い換えれば、環境問題はゆっくりとした時間と公共空間に係わる安全問題である。安全問題は、交通事故など因果関係が明確で一般ユーザーにも問題の発現がわかりやすい。一方、環境問題は、因果関係が不明確で長期間に渡ってはじめて間接的に影響が出ることが多く、その影響が一般ユーザーにはわかりにくい。
 安全問題は、問題点がわかりやすいため対策を打ちやすいが、環境問題は問題点が間接的であることが多く影響もゆっくりと出るため対策が打ちにくい。問題が明らかになったときには、手遅れになるおそれもある。そのため、前述した予防的取組の考え方が検討されてきていると考えられる。欧州では、この考え方に基づく取組も始まりつつある。しかしながら、過大な予防処置が適用されないように、その適用に当たっては拡大適用の歯止めを組み込んだ形で進めていく必要がある。


4. 環境とエネルギー
 今後の最も大きな問題は、エネルギー問題である。シェール革命(シェールガス+シェールオイル)による石油、天然ガスの先行きは、以前より明るくなっており、当分の間、ガソリン、軽油等の化石燃料が自動車用燃料の主力となると予想される。それに比べて、再生可能エネルギーは、実質的な供給総量の制約やコストの低減が難しく期待されるほどには今のところ普及していない。一方、原子力発電による原子力エネルギーの利用は安定的に今後可能となるのかが最大の課題である。
 ところで高エネルギー密度の燃料を必要とする移動体である自動車にとって、高エネルギー密度で扱いやすい燃料が不可欠であり、その意味で現在のガソリン、軽油は非常に使いやすい燃料である。今後とも限りある化石燃料を使い続けるとすると、当然の結論ではあるがエネルギーの節約である省エネルギーが今後の重要課題といえる。
 化石燃料を主力として利用する限り、地球温暖化の原因と考えられているCO2を介して環境とエネルギーは地球規模で関係づけて考える必要がある、一方で、省エネルギーを推し進めていくと車両の軽量化が求められるが衝突安全性のような安全問題とのトレードオフもある。


5. 最後に
 環境という言葉は広い意味を持っており、自動車の環境問題も時間軸を引き伸ばした安全問題とも言えることから、今後の環境問題は、地球温暖化問題の面からCO2低減を介して省エネルギーが関係し、省エネルギーは車両の軽量化の面で安全問題とより密接な関係をもつ。最近話題の自動運転でぶつからない車ができるようになれば、安全問題も大きな変革の時期が到来するのかもしれない。ぶつからない安全・安心の車ができれば、衝突安全確保のために強度をたかめる必要がなく燃費のよい軽い車でもよくなる。実際、一次元ではあるが鉄道の世界で新幹線は互いにぶつからないことを前提とした設計をしている。自動運転における運転者と自動車の責任分担の問題が解決されて、ぶつからない軽い車体のエネルギー節約型(省エネルギー)の車両が出現することで地球温暖化のような環境問題の対策が進むことを期待したい。雑駁な内容で恐縮するが、仕事で関わってきた自動車に関する環境の観点から日頃個人的に感じたり思ったりしたところを述べた。
1)1967年公害基本法(1993年環境基本法に統合)
2)樋口忠夫著、クルマ -その歴史とこれから-、平成25年4月発行


※自動車技術会誌「自動車技術」2014年4月号特集:ぶつからない車を目指して, vol.68 2014.04, ”公害から環境,そしてエネルギー”より一部加筆修正の上,転載。
公益社団法人 自動車技術会
〒102-0076 東京都千代田区五番町10番2号



 1979年京都大学大学院理学研究科修士課程原子核理論専攻を終え、運輸省交通安全公害研究所原動機研究室へ入所、国土交通省交通安全公害研究所計測研究室長、独立行政法人交通安全環境研究所エミッション技術研究室長、同環境研究領域長を経て現在に至る。工学博士、技術士(機械部門、総合技術監理部門)、JSAEフェローエンジニア。


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