交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

033 交通安全環境研究所における実験倫理規程の制定の経過
2012年07月03日
森田 和元(エグゼクティブシニアリサーチャ)

 このコラムは、交通安全環境研究所(交通研)における被験者に関する実験倫理規程をどのように作成していったのかについて、当事者である私の記憶を基に書いてみたものである。

 交通研は、自動車、鉄道などの陸上交通機関の安全の確保、環境の保全、エネルギーの効率的使用に関する幅広い研究を行っている。関係する学会として、工学系で日本最大級の規模を誇る(公社)自動車技術会があり、そこで研究成果の発表を行っている人達も多い。たとえば自動車の安全に関していえば、被験者を使ってのドライビングシミュレータの実験やら認知性の実験やら数多くの実験が行われている。今までは被験者実験といっても、実験前に内容を説明して承諾書をとるという形で済ませることが多く、その確認方法は研究者本人に任せられていた。それが果たして被験者にとって適切であるかどうかについて第三者の目からチェックすることはなかったと言ってもよい。
 一方、自動車技術会において、被験者の安全の確保、人権の保護並びに研究の透明性を確保するために、人間を対象として実験を行う場合の倫理規程を整備する必要があるという機運が何年か前から高まってきた。私も、人間工学研究を行っている立場から、自動車技術会における議論を耳にすることがあり、当研究所においてもなんらかの実験倫理規程を明確にしなければいけないという印象を持つにいたった。そこで、当研究所においても倫理規程制定の必要性を提案したところ、私も含めたワーキンググループが立ち上がり、どのような内容で実験倫理規程を定めていくかの検討が進むことになった。

 最初に手がけたのは、実験倫理に関する所内の意識を高めることであった。まだ世の中の動向に疎い人達も多くいたので、その意識レベルを上げる必要があった。そのために、(財)労働科学研究所副所長の北島洋樹氏に当研究所に来ていただき(平成22年8月)、実験倫理に関する概説的な講演を全所的にしていただいた。基本的な考えを示すニュルンベルク綱領(1947年)、ヘルシンキ宣言(1964年)から始まり、実験倫理規程を策定する必要性や重要性、被験者実験を行う際の注意点を説いてもらった。
 次に、他の研究機関、大学における倫理規程制定状況を調べた。隣接する海上技術安全研究所、電子航法研究所、JAXAを始めとして、近隣のいくつかの大学における制定状況を問い合わせた。実際に調査を進めてみると、厳密に実施しているところ、割合ルーズに行っているところ、まだ整備していないところと様々であることがわかった。

 これらの規程を横に並べて参考にしつつ、交通研において実行可能な規程をどのようにすべきかの検討をワーキンググループで進めた。その過程においていくつかのポイントが明らかになった。

 先ず、対象をどこまで考えるかということである。動物実験に関する規程まで定めるのは必要性も薄く、手に余るということから、人間を対象とした実験に限定することとなった。その上で、実験時の安全性を確保し、被験者の人権を尊重するような内容で制定する方針が固まった。
 実際の運用にあたっては、倫理委員会の構成をどうするかが重要な問題となる。交通研は小規模な組織であるため、外部からの人間を委員として参加してもらうにはある程度の柔軟性を持たせることが必要であると考え
「委員には、研究所の職員以外の者で実験に関し科学的または医学的知識を有する者を含むものとする。」
という規程とした。法律家、一般市民代表、男女性別のバランス等について規定することは今回割愛せざるを得なかった。
 また、交通研の内部だけでの実験であれば問題にならないものの、他研究機関との共同研究あるいは委託研究により実際の実験を相手方で行うこともよくあることである。その場合、相手方において実験倫理審査を通してもらうというのも一つであるが、場合によっては相手方に実験倫理の審査委員会が存在しないということも考えられる。従って、そのような場合も考えて、外部機関において実験を行う場合には、相手方あるいは交通研においてどちらかで倫理審査を通ればよいという規程とした。ここで、相手方において倫理審査を通した場合には、交通研にその写しを提供してもらい、確認できるようにした。

 これらのポイントを押さえつつ交通研において実施可能な規程案を作成し、これに基づき研究所内の議論を進めていったところ、倫理審査委員会にかける前の段階で理事長による判断の余地を残すべきとの意見が出された。これを受けてもう一度案を練り直し、研究者からの申請に対して理事長が倫理審査委員会における検討が必要か否かの判断を行い、必要のない場合には、その段階で倫理審査を終了するという選択肢も取り入れることとした。

 最終的に、この規程については、「独立行政法人交通安全環境研究所における人間を対象とする実験に関する倫理規程」として平成23年8月1日から施行された。約1年余の期間をかけての策定作業であった。規程の内容は以下のウェブに記載されている。
http://www.ntsel.go.jp/disclose/kouhyo/ningentaishoujikkenrinri.pdf
昨年の施行から現時点まで一年足らずであるが、既に10件余の被験者実験がこの倫理規程に基づき実施されている。まずは順調にスタートできたのではないかとホッとしている。
 なお、自動車技術会においても平成24年4月から「人を対象とする研究倫理ガイドライン」が発効され、今後このガイドラインを遵守することが求められるようになった。交通研における倫理規程は十分にこのガイドラインを満足しているものであるが、今後、世の中の動きに遅れないように交通研としても倫理規程を適宜見直していくことが必要である。

 なお、ここでは実験対象者として「被験者」と書いてきたが最近では「参加者」とすることも多い。英語での記述が"Subject"から"Participant"に変化していることに対応しての動きのようである。


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