交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

028 袖振り合うも多生の縁
2011年12月02日
山口 大助(自動車安全研究領域)

 私は本年3月1日に交通安全環境研究所(以下交通研)に入所した。まだ一年にも満たないため「新人」と紹介されることも多いが、御年35歳、内心ちょっとくすぐったい。そんな新人は目下勉強中の身であり、解説や持論・私見を展開できるまでには至っていない。そこで、コラムであることに甘えてラフにあれこれ綴らせていただこうと思う。

 私は1999年3月に交通研からほど近い国立大学の機械システム工学科を卒業した。普段は電車で通学していたが、たまに実家のクルマを借りて大学へ行くこともあった。そのときによく通っていたのが交通研の前の東八道路である。当時はここ交通研の敷地が何であるかを全く知らないままクルマで前を通っており、ましてや後にここで働くことになろうとは微塵も思っていなかった。しかし、これが紛れもなく交通研と私の最初の接点である。

 大学卒業後はトラックメーカーに勤めたものの、いろいろと思うところがあってちょうど1年で退社した。退社と前後して大学に戻ることを決意し、半年間のフリーター生活を経て2000年10月に母校の大学院に入学する。10月入学は主に海外からの留学生を対象としており、日本人としては当時珍しく、大学本部で行われた入学式の祝辞や進行はすべて英語であった。
 恩師は機械力学・制御工学がご専門であるが、恩師の当時の所属の関係で生物システム応用科学研究科なるところに籍を置いた。研究室の後輩たちは就職活動の面接で必ず「キカイなのにセイブツなのはなぜ??」と聞かれ大変だったそうだが、私にはそのギャップがかえって面白く感じられた。入学から5年半、共同研究でお世話になった企業の方々から、時に「焼酎をお湯で割るときはお湯を先に入れ、水で割るときは焼酎を先に入れるべし」という酒席での焼酎の割り方も教わりながら、私は『パラレルワイヤ機構を用いた搬送装置に関する研究』という題目の博士学位論文を書き、2006年3月に「博士(工学)」の学位を得た。大学院生のときも実家のクルマで東八道路を通っていたが、交通研のことは相変わらず知らないまま年月が過ぎていった。

 恩師の薦めもあって修了とともに母校を離れ、同年4月よりポスドク(ポストドクター)として都内の国立大学の研究所に勤め始めた。ポスドクとは端的にいうと任期(就業年数)の限られた研究者のことである。現に私も任期1年で4回契約更新可能、すなわち最大で5年勤務可能とされていた。研究所では、鉄道や自動車をはじめ、一人乗りの乗り物(パーソナルモビリティビークル)などモビリティを対象にした研究を行っている機械系の研究室に所属した。研究室を主宰する教授は鉄道、自動車の分野を中心に幅広く活躍されており、大変お忙しい方である。
 私はいわゆる鉄道ファンであるが、この研究室ではドライビングシミュレータ(注1、以下DS)とこれを活用した研究を担当することが既に決まっていて、民間企業や研究機関と共同でDSを活用したドライバ状態推定手法や車内快適性評価、DSの臨場感向上に関する研究などに従事した。また教授がセンター長を務め、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)をキーワードに機械、交通、情報、電気などの工学分野が連携する分野横断型の研究組織「先進モビリティ研究センター(ITSセンター)」のスタッフとしても働いた。今でこそITSを多少なりともかじっているが、研究所に入るまでITSという言葉を聞いたことすらなかった。

 そんなこんなでDSに関する研究やITSセンター運営などの業務に勤しんでいた最中、教授の命を受け、2008年からはジェットコースターの技術を応用した省エネ型都市交通システム「エコライド」(注2)の研究プロジェクトも担当することになった。このプロジェクトは遊園機械製造及び遊園地運営を手がける企業と教授の研究室が主体となって進められたが、交通研もエコライドの安全性評価手法と信号保安システムに関する研究で参画していた。
 実はこのとき交通研の存在を改めて知ることになる。というのも、教授が会長を務める鉄道関連の研究会のメンバーリストに交通研の方が名を連ねているのを見ていて、交通研の名前は知っていたのだが、それに止まっていたからである。初出席のエコライドの打ち合わせで交通研の方と名刺交換し、打ち合わせ後にすぐさま交通研のホームページを開き、所在地の地図を見るや「ああっ、東八のあそこだ~!」と驚いた。気にも留めていなかった最初の接点が10年越しでようやくつながった瞬間である。このときは特に強く意識していなかったものの、それが今や交通研の一員となり、自席にてこのコラムを書いているのだから、これをご縁と呼ばずして何と呼ぼうか。組織と人の出会いであるから正確には当てはまらないかもしれないが、袖振り合うも多生の縁とはまさにこのことであろう。


省エネ型都市交通システム「エコライド」の実験線と実験車両

 

 その後について補足すると、DS、ITS、エコライドを中心に研究活動を進め、本年2月末に任期満了という形で大学の研究所での勤務を終えた。5年弱の間には本当に多くの経験を積ませていただいた。交通の研究分野に少しは染まってきたように思う。余談であるが、DSやエコライドは時たまメディアに取り上げられ、もちろん主役は教授であるが、私もほんのちょっとだけテレビ出演を果たしている。

 それにしても、ご縁というのはどこでどうつながっているのか本当に分からない。
 先の研究所の教授とも私がお世話になり始めた前に既に接点があった。大学3年生のとき、母校の大学で教授が非常勤講師として教鞭を執られた講義を履修した。その講義の中で蛇行動と呼ばれる鉄道車両の走行時の挙動を模型を使って説明されたのだが、教授の研究室で今なお現役で講義に使われているその模型を見つけたときには懐かしさを覚えた。何より、教授の研究室で働くことになるとは夢にも思わなかった。
 一方、交通研への入所と相前後して、トラックメーカー入社時の同期が環境研究領域と関係のある企業へ出向し、交通研の敷地内で働いていることを知った。その彼とは一緒にお昼を食べに行ったりしたが、この5月末で4年間の出向を終えて古巣へ戻っていった。また、交通研と同じ敷地にある別の研究所で先の教授の研究室に在籍していた大学院生のご兄弟が勤務していることも知った。何かの折に一度お目にかかれればと思う。さらに、2008年当時、エコライドの研究開発に関連する企業に在籍していた方も現在は交通研の一員となっていて、今度は自動車安全研究領域で一緒に仕事をすることになりそうだ。

 地球が円い形をしている限り、どこかでつながっているご縁に今後も驚かされるばかりでなく、これまでのご縁を大切にすることによって新たな広がりがもたらされるような気がしている。恩師や教授をはじめ、これまで知り合った方々といずれ機会があればどのような形で共同研究やコラボレーションができるであろうか、また交通研で働いていく中でこれからどのような出会いが待っているであろうか、そんな思いを巡らせながら目下勉強中の今日この頃である。

 

(注1)谷口氏のコラム「ドライビングシミュレータ雑感」を参照
(注2)交通安全環境研究所フォーラム2010「エコライドプロジェクトについて」を参照


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