交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

025 人事異動によって考えさせられたこと
2011年07月22日
水嶋 教文(交通システム研究領域)

 久しぶりにコラムを執筆することとなりましたので、4月に私が命じられた「人事異動」に絡めて、私の職場「交通安全環境研究所」(以下、交通研)について考えるところを述べます。

 私が交通研の門を叩いたのは今から約4年半前。忘れもしない自分の誕生日に「自動車による環境負荷を軽減させる研究に従事し、社会に貢献したい」という動機を環境研究領域契約研究職員の面接で述べ、自動車メーカーから転職することになりました。3年程度しか勤めていなかったですが、リーマンショック以前のそれなりに景気のいい自動車メーカーからの転職は当時の私にとっては一大決心でした。契約研究職員として入所した私の主な仕事は、LPGエンジンの研究開発でした。それから約2年後、契約研究職員としての業務を全うした私は、任期付研究員として同じく環境研究領域で採用され、バイオディーゼルエンジンに関する新たな仕事を任されました。交通研では任期付研究員として勤務した後、本人の希望、業務の実績、および募集枠次第で、正規研究職員として雇用されるケースがあります(と、理解しています)。私の場合、任期付研究員として採用されてから約1年半後の昨年11月、条件が満たされたため正規研究職員として採用されました。もちろん、入所当時から正規研究職員として交通研で働くことを強く望んでいました。その甲斐あってか、最初に交通研の門を叩いてから4年弱で、ようやく腰を据えて「自動車による環境負荷を軽減させる研究に従事し、社会に貢献する」という命題に取り組めることになりました。

 ところが、正規研究職員として採用されてからわずか5ヶ月後の今年4月、環境研究領域から交通システム研究領域への異動を命じられました。
 ここで、交通研の組織についてご存じない方のために、環境研究領域と交通システム研究領域の業務内容について簡単に紹介させていただきます。環境研究領域は地域環境の改善、地球環境の保全、エネルギー資源の節約および多様化に対応するために、自動車の排出ガス、燃料消費率および騒音の実態把握、計測手法の確立、環境負荷を低減するための影響因子の解析および方策、自動車の技術基準策定に関する研究、試験および調査を行っています。一方、交通システム研究領域は、先進的な公共交通システムの実用化に先立つ安全性評価や導入したときの効果予測についての研究、および代表的な公共交通システムである鉄道、索道、バスなどに用いられる新しい技術についての安全性や利便性向上の観点からの研究を行っています。ちなみに、もう一つの研究領域である自動車安全研究領域は、自動車の安全性の確保および向上のために、衝突時の被害軽減性能、車両運動性能、制動性能、灯火類性能、情報伝達系特性および車両搭載電子機器類の電磁波等に対する信頼性や耐久性に加えてこれらの評価方法や技術基準案策定に向けた試験、研究を行っています。(交通研要覧参照)
 異動を命じられた当初、このように一見全く異なる業務内容を実施している新たな領域で、私自身のモチベーションを維持できるものなのかと、とても不安に感じていました。しかも私はこれまで、自動車の研究、特にエンジンの研究や開発に従事してきました。学生時代から数えるとちょうど10年が経ちます。ですので、新たな仕事に対して、自分の経験がどこまで活かせるのかとても不安でした。しかし、組織に属する社会人として働く以上、上司が定めた人事異動は絶対です。ということで、最初は様々な葛藤もありましたが、今年の4月から心機一転、交通システム研究領域で研究を行うことになりました。

 異動に関しては先に述べましたように不安や葛藤もありましたが、良かった事もありました。それは、環境研究領域と交通システム研究領域の2つの研究領域を知ることで、一歩下がって両方の研究領域、さらには交通研について考えることができたことです。 現在私は、交通システム研究領域でモーダルシフトについて研究しています。個人の移動において、自家用乗用車の利用から鉄道やバスといった公共交通機関の利用へとモーダルシフトすることは、移動に伴うエネルギー消費量の削減、ひいては環境負荷の低減(例えば、温室効果ガス排出量の削減)にとってとても重要なことです。その中でも私は主に、モーダルシフトを促進するためには自動車はどうあるべきか、ということについて考えています。例えば、公共交通機関が発達していない地方においてモーダルシフトを加速させるためには、公共交通機関の結節点(駅やバス停)まで自由に移動できる小型のモビリティが必要であるといったことについても検討しています。モーダルシフトそのものは、自動車の利用を控えて大量輸送機関を利用するということですので、自動車の燃費を改善するよりも遥かに環境負荷の低減に貢献できます。しかし、このような研究テーマに対して今まで環境研究領域は絡んでいませんでした。前述した各研究領域の業務内容の枠にとらわれなければ、環境研究領域も一緒に取り組まなければならない課題であると思います。また、小型のモビリティについて検討する際には、他の自動車と衝突した際の安全性の課題も伴ってきます。衝突しても致命的な事故に至らないようにするべきなのか、それとも衝突そのものを避けられるようにするべきなのか、いろいろな方法が考えられますが、これに関しては、自動車安全研究領域とも一緒に検討する必要性があるとも感じています。
 このような例は、モーダルシフトの研究に限ったことではありません。最近では、大容量のバッテリを搭載するプラグインハイブリッド自動車や電気自動車に関する研究でも、燃費(電費)の試験法、静音性対策(車両接近の認知)、高電圧部品の安全性の課題について、環境研究領域と自動車安全研究領域の両方で取り組んでいたりもしています。このように、最近では複数の研究領域に跨る研究が増えてきました。交通研ではこのように複数の研究領域に跨る研究課題を、「領域横断プロジェクト」として位置付けて研究を実施するスキームを持っています。おそらく将来は、このような研究課題が多く出てくることでしょう。例えば情報通信技術(ICT)を活用した交通システムに関する研究などもそうだと思います。

 これらの状況は何を意味しているのでしょうか。私は個人的に、今ある研究領域(交通システム研究領域、自動車安全研究領域、環境研究領域)の分け方そのものがそろそろ機能しなくなっているのではないか、と思っています。もちろん、現在の分け方でも十分に仕事が成立している課題もあります。しかし、このような分け方は、交通研が「交通安全公害研究所」であった時代から基本的には変わっていません。しかも、交通研の組織が大きく変化をしない間に、世間では4人に1人が65歳以上という少子高齢化を迎え、さらに成人ほぼ1人に1台の割合で自動車、携帯電話、パソコンなどの贅沢品が行き渡るという時代に変わってきました。これに伴い、個人のライフスタイルそのものも変化しています。このように環境変化が激しくなっている中で、時代のニーズと共に組織も変化し、また、領域にとらわれず横断的な研究を加速しなければなりません。

 今後、安全・安心・便利かつ低環境負荷な交通社会を構築できるよう、鉄道やバスなどの公共交通機関と自家用車、そしてこれらを支える情報通信技術や道路などのインフラを一つのシステムとして捉え、その中で交通研として何をするべきなのかを考えていかなければなりません。そして、これを実現するために交通研の組織はどうあるべきなのか、私たち交通研関係者は議論を重ねていき、その中で私もできる限り提案したいと感じている今日このごろです。

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