交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

024 伝える心
2011年07月01日
大野 寛之(交通システム研究領域)

 ほとんどの皆さんは上に示したマークを目にしたことはあるかと思います。左側の二つであれば、何を表しているか知らない人はいないでしょう。若葉マークは免許取得後、早く外せる日が来ることを待ち望んだ人も多いと思います。一方の高齢運転者標識は、通称「もみじマーク」でありながら「枯葉マーク」などと呼ばれ悪評が高く、平成23年には新デザイン高齢運転者マークに変更になりました。しかしながら、もみじマークの方はその悪評故に認知度が高く、新デザインの方は今のところそれほどには知られていません。

 それでは右側の二つについてはいかがでしょうか?運転免許をお持ちの方は講習会の場で習っているはずで、理解していることが求められますがいかがですか?蝶の形のデザインは「聴覚障害者標識」で、運転者が聴覚障碍(がい)を持っていることを示しています。蝶の羽の部分は耳の形であり、聴覚の「聴」と「蝶」の語呂合わせにもなっています。一番右の四つ葉マークは「身体障害者標識」で、運転者が肢体不自由の障碍(がい)を持っていることを表しています。こちらは語呂合わせもなければ車いすマークのような解りやすさもないので、マークの形状から表したい意味をくみ取ることはとうてい不可能です。

 こうした自動車用の標識とは別に、街を歩けば様々な案内標識を目にすることができます。例えば 電車アイコン1電車アイコン2のようなマークを見れば、鉄道があることがすぐに理解できると思います。ところが?と思わざるを得ない案内標識も数多くあり、せっかく設置した地図や看板が何の役にも立っていない場合もあります。例えばこのように木を図案化したマーク木アイコン や、花の形をしたマーク花アイコンだけが表示されていたとして、そこから鉄道路線や駅の存在を想像することができる人はいるでしょうか?恐らくいないでしょう。しかし、実際に路線や駅のシンボルマークにこうしたデザインを採用した上で、そのマークのみを案内標識に使っている鉄道事業者がいくつもあるのです!(ここに示したマークは本物の鉄道会社のものではなくイメージですが、実際に鉄道会社でこうしたデザインが使われる例が多数あります)
 その鉄道会社の沿線に住んでいる人や、毎日のようにその路線を利用する人にとってはなじみのあるマークかもしれません。しかし鉄道利用者には通勤・通学客の他に旅行客も多くいるのです。遠くからやってきた旅行客にとっては、初めて乗る鉄道会社のシンボルマークの意味はまったく分かりません。
 シンボルマークで案内看板を作った側は「解りやすい看板ができた」と思っているのかもしれません。自分の会社の作ったマークの意味を自分が分かるのは当然だからです。ところが残念なことに、遠い土地から初めてやってきた旅行者の道不案内で不自由な気持ちには思い至っていないのです。供給者側の論理で案内を行い、利用者側の立場を考慮していないと言わざるを得ません。

 こうした「独りよがりの案内看板」の他に、「内輪重視の案内看板」と呼びたくなる例もあります。多くの私鉄ではグループ会社としてバス事業を抱えており、駅の案内看板には「バス停」の方角を示したものが多くあります。ある駅では、グループ会社のバス停のある方の出口にのみ「バス停」と書かれた案内看板を設置し、別の私鉄グループのバスが乗り入れている出口側の案内看板には「バス停」と表記していない例がありました。何という心の貧しさでしょう!お客様への案内を放棄しているのです。お客様へ「情報を伝えたくない」と言うのはサービス業としていかがなものでしょうか。他社グループのバスの利用者であっても自社路線を利用してくれるお客様であり、他社のバスがお客様を自社の駅まで運んできてくれているのです。ここは一つお互いに手と手を取ってお客様への情報提供をしていくことが大切でしょう。
 またある駅では、以前には乗換案内の看板が出ていなかったところに、新たに看板が設置された例がありました。設置されたのは、大きい方の鉄道会社が小さい方の鉄道会社を買収して子会社化したことがきっかけでした。公共交通事業者同士でこうした足の引っ張り合いや身内第一主義をしていたのではお客さんは離れていくばかりです。
 それに比べてカーナビゲーションシステムは何と親切なことでしょう。目的地を設定すれば、交差点ごとに曲がる方向を指示してくれるだけでなく、事前に車線変更の必要性まで教えてくれます。たとえ一度間違えても、すぐにリカバーできるコースを教えてくれます。多くの人が乗換の面倒な鉄道を使わずに、カーナビ付きの車を使いたがると言うのもうなずけます。
 最近になって携帯電話のナビゲーションサービスが進化してきて、駅での乗換案内も行われるようにはなってきています。しかし、携帯電話を使いこなせない人には解りやすい案内看板は必須であり、たとえ技術が進歩しても案内看板が消えることはないでしょう。案内をする際に心がけなければいけないことは「お客様の目線で解りやすいかどうか」と言うことです。その「伝える心」を持ち続けて業務に当たって欲しいものです。

 「解りやすく伝える」ことが大切なのは交通分野だけではありません。研究の場においても、その成果を解りやすく伝えることは大切です。研究者の「村社会」の中だけで通じる言葉ばかりを使って文章を書いているようでは研究者として失格と言えるでしょう。
 研究成果を解りやすく伝えるためには何を心がけたらよいでしょうか?それはやはり駅の案内看板と同様に「お客様目線」で表現方法を再確認することではないかと思います。交通安全環境研究所の研究者にとってのお客様とは、広く一般の国民の皆様と言うことになります。
 例えば、研究者にとってはμ(マイクロ)やm(ミリ)と言った符号は日常的に使っており、その意味はすぐに分かります。しかし、一般の人には単位よりも数字の方が頭に入りやすいので、測定値が大きくなったからと言ってμ(マイクロ)の付く単位表記からm(ミリ)の付く表記に切り替わると混乱してしまいます。
 論文を書く場合にも「直ちに影響はないと考えられる」などと言う表現を使っていては、何を伝えたいのかよく分かりません。こうした表現を多用していたのでは「本当のことを伝えたくないのでは」と勘ぐられてしまいます。
  研究発表の場において派手なデザインのプレゼンテーションを見せたり、自分自身の理解のみをとうとうと話し続けたりして「発表は上手くいった」などと思い込んでいては進歩はないでしょう。自分の技術に酔ってしまっていては、たとえ優れた研究成果であったとしても、とうてい聴衆には伝わりません。

 情報をうまく伝えるには「伝える心」が大切ではないかと思います。その基本は「相手を思いやり相手の立場で考える気持ち」ではないでしょうか。


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