交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

021 技術を創る人、使う人、味わう人
2011年03月09日
野田 明(理事)

 今この文章を読んでいる方は、もちろんインターネットを使っているはずです。よく知られているように、ネットを使えば利用者が必要とする情報、知りたい知識、好みの映像・音楽、その他どうでもよい情報などを世界中から集められます。さらにオーロラや活火山のリアルタイム中継や、世界の街角、国内主要都市の道沿いの家並み、ズームアップした航空写真などを居ながらに自宅で見ることができます。ブログやツイッター、フェイスブックなどを使って、ネット上で多くの人とコミュニケーションをしている人が世界中にいますが、こうしたネット上の世論や連携は、各国の政治、経済、社会にも影響を与えています。インターネットによく似たことを過去にやったのは、魔法使いだけでしょう。何やら呪文を唱えては、当時のディスプレイともいえる水晶球に映像や情報を浮かび上がらせて、未来予知のようなことをしていたのでしょうか。
 となると今のネット利用者は、昔の人からは最強の魔法使いに見えるに違いありません。違いは、水晶球に映像を映し出すのが秘術なのに対して、ディスプレイ上の映像は技術が作り出したものです。インターネットの世界にはきちんとした理屈があり、現代人はそれを魔術と言わずに技術と呼んでいます。ただネット環境を日々使っている人々の主な関心事は、必要な情報が入手できるか、システムが快適に動くか、コンテンツ利用が有料か無料かであって、インターネットの仕組みなどはどうでもよいのです。ましてやそれを不思議なものとも思わないでしょう。


 しかし振り返ってみると、ネット社会の発展のためにはそれを支える関連技術の成立が不可欠でした。すなわち世界中をくまなく結ぶ通信方式とその標準化、光や無線による通信インフラのグローバル展開・ローカル整備、膨大な情報を整理して蓄え、要求されたところに振り分けるサーバーシステム、ユーザー識別システム、低コストで利用可能な通信回線、個人用端末装置(パソコン等)、使いやすいブラウザソフト等々です。こうした技術を生み出し、発展させ、仕上げた人々、つまり多数の技術者集団の努力があったおかげで、世界中の人が大いなる便利さをネットで享受できているのです。このほかにも、携帯型の電話・情報端末、デジタル家電、カーナビ、GPS、高精細多チャンネルテレビ放送、各種コンテンツ配信システム等々、過去にはない多くのものが技術革新で生み出されてきました。一方、自動車や鉄道等の交通分野でも、上記分野に比べると表向きの派手さはありませんが、技術革新とその効果が着実に示されています。具体的には乗り物の性能や快適性の向上、効率向上(省力化、省エネルギー)、予防安全(事故防止)、環境保全に関して、電子制御システムを中心とした最新技術が中で活躍しています。今後は移動手段と通信技術の融合がさらに進んで、さらに便利で快適なモビリティ社会が実現できることでしょう。


 経済・流通分野に目を転じれば、POSシステム、ICタグ、ネット通販、キャッシュレス取引、きめ細かな予約システムのように、ICT技術によって新たな付加価値の加わったビジネスが進展し、社会のあり方もダイナミックに変化しています。これらはすべて最新技術のもたらした成果と言えます。


 これまでの日本の歩みをたどってみれば、明治維新後、古い体制を捨てて工業化の道を突き進んだ我が国が、大きな敗戦を経験したものの高度成長でかなり豊かになり、石油、食料、原料など必要なものを世界中から自由に買えるようになりました。これは日本に優秀な技術があって、相手国に喜ばれる上質な製品、部品、材料を作って輸出し、外貨を稼ぐことができたおかげです。
 しかし世の中の役に立つ技術の創出やその普及に関わった人達は、生み出した価値や社会への貢献度に見合って評価され、報われているのでしょうか。IT企業の創始者など一部の人が巨額の資産を築いた話は聞きますが、中核的な技術の開発に地道に取り組んで実現させた多くの技術者達には、社会から感謝の言葉もあまりかけられてはいないでしょう。そんなことをしている暇はないとばかりに、ニュービジネスがどんどん登場しています。例えばネットの世界では多くの情報や便利ツールを無償で利用できますが、それでも莫大な利益が入ってくる広告・流通のビジネスモデルを考えた知恵者が結構いるものです。こうした実情から考えると、社会に必要な技術を創って経済の発展に貢献した技術系の人達が得たものに比べて、技術の中身を知らなくてもそれをうまく使うことで利益を手にしている目ざとい人達(理系、文系という区分けは、もはや意味がない)の方がより多く報われてようです。ネットを利用する圧倒的多数のユーザー、つまり「技術を使う人達」の消費行動が、このようなビジネスモデルを支えているのです。


 しかし資源が無く国土の狭い我が国では、たゆまぬ技術開発によって、高品質で値段の手頃な製品を生産し、それを必要とする場所に確実、迅速に届け、そして顧客との信頼関係を築くことが、経済活動の本流のはずです。日本人が生きていく上で、技術と輸送、サービスはそれほど大事な柱なのです。ところが我が国の現状は、制度を設計して運用する人、お金の管理や配分をする人、伝票上での売り買いをする人、法の解釈をもって係争問題にからむ人、などの方が優位に立ち、工業製品を作って送り届け、さらにアフターサービスまでしっかりやっている真面目な人達は、社会への貢献度の割に損な役回りをさせられている気がしてなりません。
 これを何とか改善しなくてはといくら世間に大声で訴えても、今は泣き言のように思われることでしょう。高成長期のように技術者が大幅に不足していた時代ならいざ知らず、技術者を優遇すれば、停滞が打開できる、国が豊かになるとは誰も思ってくれません。技術者の地位向上はなかなか難しいと思います。むしろ得意のはずの技術分野でも、日本は周辺諸国に比べて落ち目になっているのではないかと、怠慢を攻められそうな雰囲気です。


 こうした我が国の現状を打開するためには、まず技術者自身が、何故こうなったのか冷静に分析し、国や組織に貢献できる有効な手だては何か考えることです。一般に技術者、研究者は、科学的・論理的頭脳を持っている(はず)と思われていますが、短所として、直前の問題の解決手段の方に目が行きがちで視野が狭まり、遠くを見る視力(先見力)も衰えているのではと指摘する人がいます。おそらく当たっている面が多いでしょう。技術者自身が変化の激しい潮流に飲み込まれていて、自らの知見で将来を予見しようという意欲が薄くなっているのかもしれません。


 国や企業の将来を考える上で、予見というのが実は非常に大事なことです。今は、魔法使いや占い師が暗躍していた頃とは違いますから、予見は正しい情報に基づき合理的、論理的に行われなければなりません。複雑な現代社会では、確実な情報がないと確実な答えを出せないというケースが多いでしょうが、そんな場合でも直感や清水舞台的決断でものごとを決めるのはまずいと思います。Risk/Benefitの冷徹な判断をもって、成功の確率の高い方、失敗の確率の低い方を常に選択する習慣を持ちたいものです。組織論理は一般に現状維持的な結論を出しがちですが、様子見していたため変化に乗り遅れて、結果的にダメージを負うといった覚悟も今の時代には必要でしょう。しっかりとした予測分析に基づく先取り策が大切です。もし結果的に判断が間違っていた場合でも、責任を追及するのは後回しにして、予見に欠けていた要素が何か、判断ミスの原因が何だったかをしっかり分析し、次の機会に活かすことが重要です。これは組織の知識ベースの充実につながることです。本来、こうした作業に適しているのは、論理的思考に優れている理系の人達のはずなので、その特長を組織はもっと有効活用したらよいと思います。また理系の人間は、そのために実践的な訓練をしっかりやっておくべきです。今の日本の高等教育では、浅くて広い知識のみを与えて考え方の本質を教えていないような気がして、我が国の将来が不安です。


 少し大げさになったので、別の視点で技術の話に戻りたいと思います。前に技術を創る人と使う人の話をしましたが、実は技術にこだわり、違いを味わうことで精神的な満足を得る人が日本人には特に多いと思います。よく中国人は商人気質で日本人は職人気質だという説明がされますが、機能や仕上げにとことんこだわる日本のメーカーや、機能と質感、細部の仕様に過剰にうるさい日本の消費者性向からわかるように、日本人のDNAには職人的気質が組み込まれているのかもしれません。となると、そこに焦点を当てた商品戦略というのも考えられます。今は消費マインドが低調のようですが、景気を牽引する家電や車などの消費者向け製品が、実は中途半端で夢を与えていないだけでなく、日本人のDNA感性にも訴えていない可能性があります。


 ところで最近は、高機能化が進む一方、利用者の操作性をあまり考えていない製品もよく目にします。発売前にきちんとした商品評価をやっているのか心配になります。デジタル時代に育ち、TVゲームが得意だった若手に設計を一任しているのでしょうか。ユーザーの心理、年齢層まで考えて製品評価して欲しいものです。多機能と簡単操作の両立には、とりわけ頑張って欲しいと思います。取り扱い説明書など読まなくても自然にやりたい操作できてしまう機器が理想なのですから。
 全般に物が売れなくなったのは、実収入の低下で購買力が落ちているのが原因と言われています。それでも売れている製品があり、特に趣味性の強いものほど好調のようです。ハートを刺激するような魅力的な製品が続々と生み出されるようになると、内需が増えて景気も上向きに転じると思います。そのためには、開発者はもっともっと消費者の心理を研究する必要があるのではないでしょうか。主張のよくわからない高機能てんこ盛り込み製品、個性の乏しい中途半端な製品、サバイバルのための低価格製品ばかりですと、消費に夢を失ってしまいます。例えばコストパフォーマンスがほどほどのオーディオコンポ製品が売り場の中心を占めた結果、アンプやスピーカーの音質にこだわってきた音響マニアが絶滅危惧種に追い込まれたようなケースです。技術の違いを味わいたいという日本人消費者の心をつかむことに、企業がもっと関心を示してくれればと期待します。


 いろいろと技術にまつわる話をしてきましたが、最後に、私が研究所で働いた期間よりも付き合いの長い音楽の話をしたいと思います。音楽といっても、趣味のクラシックのことしか話せませんが、音楽の世界でも技術や理論は重要な要素になっています。作曲法や演奏技術、楽理、和声、技法、奏法などの音楽用語があるように、特にクラシック音楽は技術的な世界だなと感じます。作曲家は、どうしたら聴衆の心をつかめるか必死に考えて曲想を練りますが、実は起承転結型のソナタ形式や地域性を表現する種々のリズム様式、高度な和声理論、主題の変奏技法、和音進行のルールなど音楽理論をベースに作曲を行っています。楽譜記入の規則として、1小節の中には必ず指定した拍数で旋律やリズムを組み込むようになっています。こうしておかないと、複数のプレーヤーが協調して演奏できません。また多くの楽器で構成されるオーケストラ曲の場合は、作曲家は弦楽器や管楽器、打楽器など各楽器の音域、音質、音量、演奏限界、他楽器との音色相性など様々な要素を考慮に入れて、全楽器奏者のための演奏用楽譜(パート譜)を順に書いていきます。この楽譜は各プレーヤーに手渡され、各自が本番前に入念な練習を行います。一方、全楽器パートの楽譜を縦に重ねて書かれたものがスコア譜で、指揮者はその上から下まで全部が見えていなければなりません。有名な作曲家は、頭の中に次々と曲想がわき出てそれをスムースに書き連ねていくといったイメージを持たれていますが、実際の曲作りでは、上記のように相当複雑で面倒なことをしなければ、まともに曲は完成しません。ベートーベンやブラームスも、ひとつのフレーズだけで何回も書き直しをして、そうとう苦労した様子がスケッチ記録にも残っています。神の申し子とされるモーツァルトは、まったく迷わずに作曲ができた早書きの天才と言われていますが、ほかの多くの音楽家は苦悩するチーフ開発エンジニアのような心境で作曲をしていたのでしょう。なぜなら、いくら高度な音楽技術を盛り込んで完成度の高い曲を作ったとしても、その音楽が聴衆の心をつかむもので限り、まったく売れない高性能製品と同じだからです。
 しかし音楽家が精魂こめて創った曲でも、楽譜のままでは単なる情報の集合体に過ぎません。技術の世界で言うと仕様書、設計書のようなものです。どんなに素晴らしい内容が書かれている曲でも、それだけでは人々の心に届かないのです。その役割を担うのは別の専門技術者、つまり楽譜に書かれた情報から実際の音に変換する指揮者、演奏家の仕事になります。彼等は、作曲家の音楽を独自に解釈して効果的に味付けし、お客様に味わってもらう専門技術を身に付けた人たちです。
 このことから音楽の世界でも、技術を創る人、使う人、味わう人にそれとなく分かれているように感じます。音楽がビジネスとして成立するのは、作曲家、演奏家の技術成果を深く味わいたいこだわり指数の高い聴衆が、期待をもって事前にチケットを買うからです。演奏曲目に感動した時は、聴衆は指揮者、プレーヤーだけでなく、亡くなった作曲家にも惜しみない賞賛と感謝を捧げるでしょう。本来の技術屋から見れば、うらやましい限りです。こんな音楽の世界の話は、技術に携わる人達が次に目指す技術をどうするか考える時に、多少なりとも参考になるのではないでしょうか。
 最後に私は研究所で働く前から「下手の横弾き」としてチェロをたしなんできました。余暇をオーケストラや室内楽団の活動で楽しんでいますが、アマチュアですから当然自分の楽しみが最優先です。とても音楽技術者とは呼べません。楽器を弾いている時は、音の精度、分解能が極端に低く時間軸もいいかげんな低品質アナログ型でして、今まで書いてきた技術論とはまったく異なる世界です。単にまねごとをして、自己満足で味わっているようなものです。そんな私ですがネット社会と無縁でなかったらしく、昨年11月に音楽仲間と出演した演奏記録の動画を今話題のYouTubeに流出させてしまいました。ブラームスのピアノ4重奏曲第1番です。もの珍しさでご覧になりたい方は、ブラウザの中で下記のURLを入力してみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=61zmpY1MlHE

http://www.youtube.com/watch?v=ylL8ROXBxjc


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