交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

017 日本の鉄道技術の今後を支える本当の力
2010年08月17日
水間 毅(交通システム研究領域 領域長)

 現在の日本の景気低迷の中で、日本が誇れる鉄道技術を海外輸出することにより、産業の活性化を図り、ひいては、日本を元気にしようという動きが高まっている。特に、JR東海、JR東日本を中心として、世界に誇れる新幹線の輸出に、政官財挙げて進んでいるように見える。しかし、日本が誇れる鉄道技術は新幹線だけであろうか。高い定時性、運行信頼性、安全性を実現しているのは、新幹線ばかりでなく、都市鉄道でも同様である。では、都市鉄道技術の今後は、どういった展開が見込まれるのであろうか?

 こうした背景の中、7月15・16日と、理事長とともに、関西のある民鉄を訪ねる機会を得て、そこで、車両工場の見学をさせていただき、その際に、上記の疑問への回答の一つが得られたような気がしたので、「日本の鉄道技術を支える本当の力」について、私見を述べさせていただく。

 この関西民鉄の車両工場は、車両の検査(重要部検査、全般検査)を自前で行っているだけでなく、モータや車体の修理、改修も自前の人材で行っている点に大きな特徴がある。ここでは、車体が留置されているのは当然のことながら、車両メーカや信号メーカの工場さながらに、車両の各部品、システムを修理する機械、工具が実に整然と並べられており、鉄道事業者の車両基地と言うよりも、言葉通り、車両を直す工場といった風情であった。

 現在、多くの鉄道事業者は、コストダウン、効率向上のために、人件費削減を進めている。そのため、駅でも自動改札は当たり前、車両もワンマン運転が徐々に増えており、そのための、機械化、高機能化は進んでいる。しかし、昔ながらの車両保守の現場では、自動化、機械化の進みは遅く、3K(きつい、汚い、危険)職場の典型と言われている。そうした中でのコスト削減として、保守の外注化の流れが進んでいる。「鉄道事業者」という言葉からは、鉄道を運営すればよいとの考えもあるだろうし、ヨーロッパの鉄道では、保守は、大半はメーカが行っていると聞いている。こうした流れも一つの方向性であろうが、日本の鉄道の安全、安心、定時性は、鉄道事業者が、自前で保守も行ってきたことにより実現した、という側面もあるのではないかと思われる。鉄道事業者の社員が、車両に実際に触り、保守・修繕をし、その上で設計も行うことにより、故障の少ない車両が完成され、また、故障しても、直ちに修理でき、さらには、この経験が次の車両製作に活きる、こうした好循環で日本の鉄道システムが守られてきたのではないかと思っている。今回、見学させていただいた車両工場も、ご多分に漏れず、人員削減の流れがあると聞いているが、職場は整然として、清潔で、また、案内・説明してくれた職員も暑い最中、きびきびとした、責任感ある態度で事に当たっていることが十分見て取れた。こうした環境の中で、日本の鉄道の安全性、信頼性、定時性が守られていると言うことが強く感じられた。ここでは、技術継承についても配慮され、ベテラン作業員が新人作業員に、実際の部品、システムを扱わせながら、指導している姿も見かけた。こうした技術継承によって、単なる車両の運営だけでなく、車両の技術そのものも理解できる社員が教育されて、次代に引き継がれていくものと感じた。

 日本の鉄道技術の優秀さとは、車両や信号と言ったシステムの優秀さだけではなく、それを支える鉄道事業者の優秀さにも負っているのではないかと思う。ここで、最初の疑問の答えに戻ると、日本の鉄道技術は、車両や信号と言ったシステムだけでなく、事業者の優秀な人材に支えられて、現在の地位を築いているものであるから、今後も、鉄道事業者は、車両、信号といった技術を理解できる人材を育て続けていく必要があるのではないかと思う。いくら技術が優秀でも、鉄道事業者に、それを自前で修理、保守する技術力がなくなれば、それはやがて、技術が全てメーカ任せのブラックボックスになってしまうことを意味して、メーカがいなければ、何にもできないという状況になってしまうのではないだろうか?そうすると、これまでの日本の鉄道の安全性、信頼性、定時性が果たして維持できるのであろうか?私は、NOのような気がしており、最近、鉄道の遅れに関するニュースが多いのも、一種、こうした影響ではないかと疑いたくもなる。

 結論に行こう。やはり、日本の鉄道技術の今後を支えるのは、鉄道事業者の技術力抜きには語れないと思う。事業者自らが汗を流す技術力の維持によって、これまでの日本の鉄道技術が評価されてきたのではないかと思う。従って、今後も、この関西民鉄のように、自前で汗を流す職場を大事にするということが重要ではないかと思う。すなわち、鉄道技術の輸出も、メーカだけではなく、事業者の優秀な技術力込みでないと、成功しないのではないかと思われる。また、新幹線だけでなく日本の都市鉄道も、車両、信号、軌道と言ったシステムに加えた鉄道事業者の「人の力」込みの総合的取り組みの輸出を目指すことによって、今後の鉄道産業発展が見込まれるのではないかと思われる。今回の見学を通じて、こうした実感を得るに至った。

 最後になりますが、理事長と私を、車両工場の現場や、ロープウェイの原動機室まで案内いただき、まさに前日実施していた、若手社員教育用ロープ分解作業の跡まで見せていただき、自前の作業の重要さをお教えいただいた、鉄道事業者部長(私が、いろいろ過激なことを書いてしまいましたので、敢えて、匿名にさせていただきました。)始め、見学に対して快く案内、説明をしていただいた関係各位に改めて御礼を申し上げたいと思います。

以上

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