交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

016 元リコール技術検証官の一人言
2010年08月03日
福田勝彦(元リコール技術検証官)

 私は、平成18年10月から平成22年6月末迄、リコール技術検証官として、調布市にある(独)交通安全環境研究所(以下、交通研)に勤務させていただきました。
 この交通研が一角を占める広大な敷地内では、春には珍しい鬱金桜が咲き誇り、初夏にはビワやサクランボが実り、秋にはカキを目当てに野鳥があつまり、業務に追われる我々に一時のやすらぎを与えてくれました。
 一方、事務庁舎の北側には、東八道路が隣接し、付近に大病院があるためか、時には緊急自動車のサイレン音が静寂さを破り響き渡っていました。
 このような静かで豊かな自然と喧噪の入り交じる環境の中で、主にトラック、バス系を担当するリコール技術検証官として、安全で安心な自動車交通の確保のため、行政の一端を微力ながらお手伝いさせていただいた事を大変うれしく、光栄に思っている次第ですが、この間、色々な問題にも直面し、勉強もさせていただいたので、その感ずる事や、今後の思いなどの一部を以下に記述させていただく事にしました。

 リコール技術検証の仕組みは、過去のリコール隠し案件や、人身事故の不幸な事件を背景に、正式には部として平成18年5月に交通研の中に発足しました。その後既に満4年を経過し、その前身の調査員室時代からは約5年数ヶ月の時間を経ています。 私は、この正式な体制発足後まもなくの入所ですので、その当時から見ると業務形態や検証業務方法等もかなり整い、改善もされている事が言えると思います。私たちは、使用過程車の安全確保・環境の保全を図ることを目的として、リコールの迅速かつ確実な実施を図るために国土交通省を支援してきた、専門知識の豊富な技術屋集団として自負してきたのですが、更に能動的で効果的、かつ迅速な処理業務を行っていくためには、国土交通省側だけでなく、交通研も含めトータルとして体制見直しや工数増の処置が必要であると考えます。
 リコール技術検証部自身としては、今の限られた陣容だけでは今後の技術進展に対応しきれないのではないか。それは、乗用車ではハイブリッド車が車型拡大する傾向が益々伺われ、今後は電気自動車も本格的に市場に出てきます。つまり、今後は、電気、電子系にまつわる不具合案件が益々増加するとの懸念があり、その内容も複雑かつ専門的になると考えられ、いずれトラック、バス系にもそれが波及するでしょう。走る、曲がる、止まるという車の基本動作に、メカトロニクスが深く関係して来た時代が更に進化しようとしているのが直ぐそこに迫っているので、体制の充実・強化が更に必要だと思っています。

 次にリコール全般についてですが、リコール届出件数から見ると平成16年にそのピークがあり、その後は減少するも傾向的には漸増か横ばいの方向にあります。これは、一時的にはメーカーの考え方として、リコール届出を停滞させずに速やかに出すべきとの方向が強く働いた結果と考えていますが、その後は落ち着き、また従前のどちらかと言えばメーカー寄りの考えで、届出対応を行う様に戻りつつあるのではないかと危惧しています。しかし、昨年後半からアメリカで問題化した事態を契機に、再びユーザーのリコールに対する関心が高まってきていると考えられます。もしかすると、安全、安心が当たり前となったために逆にユーザーは関心が薄れただけで、やはり安全、安心な車を求める考えはずっと持ち続けていたのでしょう。ユーザーの安全、安心に対する高い関心は今後も続くと思いますし、メーカーはやはりもっとユーザーの方向を向いているべきと思います。

 また、今年5月にあった「パロマ事故」裁判で、“いったん社会に送り出した製品の安全を企業は後々まで責任を持って守らなければならない”という趣旨の判決がなされましたが、これを物造りに携わる企業にとっては極めて重い司法判断との新聞論評がありました。この事は、一般の家庭生活用品だけでなく、車にも同様な考え方が必要になると思われますが、少し違うと思うのは車には法律で点検整備及び車検制度が定められていて、ユーザーにその責任に於いて安全、安心を確保する様に定めてあるという事だろうと思います。しかし、この点検、整備に関して、ユーザー責任が課せられているのは理解するのですが、例えば15年を超えた車の使用など使用期間が長くなる傾向の状況下で、主要な構造部品が経年劣化による疲労強度低下から折損等の不具合が散見されてきています。心配なのは、何故これらの不具合が未然に防止出来ないのでしょうか。おそらく、点検、整備の実態及びその内容に問題が潜んでいると考えられます。このような場合は、メーカーとして早急な市場調査や点検を実施し、必要に応じて点検・整備情報を見直して、点検部位や基準値等をユーザーに十分知らしめるべきと思います。特に、通常、分解や点検を行わない部位についての不具合ならなおさらです。
 車は機械製品である以上、何らかの不具合は避けられず、当然経年劣化による寿命低下もあるので、適正な点検、整備を続けていくことが必要です。そうすれば、「パロマ事故」のような悲劇は防げたかもしれません。しかし、私も、点検、整備上の問題なのか、設計製造上の問題なのか、判断の難しい局面も検証業務の中で数多く経験してきました。これらの難しい問題に対し、リコール技術検証部としては不具合の分析能力を更に充実させて、リコール判断の裏付けデータを持ち、国土交通省へ積極的にフィードバックする必要があると考えます。

 以上、リコール技術検証官として勤務させていただいた経験から感ずることをとりとめもなく記述させていただきました。今後のリコール行政改善に少しでもお役に立てば幸いです。
 まだ、退任してから日が浅いせいか、リコールに関する報道や各ホームページでの情報が気になりますし、ヒアリング等でいろいろと討議させていただいた各社の担当の方々のお顔がなつかしく思い出されます。
 リコール行政の組織、体制が今後益々発展し、拡大して行く事を念じつつ、3年9ヶ月間の業務を支えて頂いた多くの方々に心から感謝致す次第です。有り難う御座いました。

<追記>
  今年の夏は始まったばかりというのにものすごく暑い日々です。しかし、木々はこの暑さに負けずに成長を続け、いつもの年の春の様に思い出深い調布の森で、鬱金桜が見事に咲くことでしょう。しかし、来年は満開の鬱金桜に会えない事がチョッピリ寂しい・・・。
以上


鬱金桜は珍しい桜で「美人桜」とも呼ばれ、花は大輪で八重咲き。
咲き始めは薄黄緑色をしており、次第にピンク色になります。
咲き始めの花色が黄緑色と珍しい桜で、ウコンの根茎を使って染めた色に似ていることからこの名がつけられたといわれています。



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