交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

006 日本のLRT実現に向けて
2008年09月17日
水間 毅(交通システム研究領域 領域長)

 近年、ヨーロッパの都市においては、LRT(Light Rail Transit)が大きなキーワードとなっている。LRTとは、LRV(Light Rail Vehicle:高性能な人に優しい(バリアフリーが実現できる低床式)路面電車)を中心とした交通システムを指すが、優先信号やトランジットモール(市内の中心部では、自動車の乗り入れを制限し、人と路面電車が共存する空間:写真1)、パークアンドライド(LRV路線の郊外駅には駐車場を設け、人々は、自動車をここに置いて、市内中心部へはLRVで出かけるシステム)やバスアンドライド(LRV路線の郊外駅では、ここから地方に向かうバスのターミナルと直結して、場合によっては、LRVの駅とバスの駅が一体化して、乗換が出来るシステム:写真2)と言った政策と結びついて公共交通を中心とした街作りをしている点に特徴がある。この結果、郊外の市民は、自動車で渋滞に巻き込まれつつ市内に向かうよりも、LRVの郊外駅まで自動車で行き、そこからLRVに乗り換えて、渋滞に巻き込まれることなく、高速・定時に市内中心部に向かうスタイルが便利なことを実感し、また、市内中心部では、人と路面電車だけが行き交うことで、商店街の周りに人があふれ、市内中心部の活性化にも繋がるということでのメリットも享受できる。
 一方、日本においても、ヨーロッパ製のLRVや日本製のLRVが既存の路面電車の中に導入され、斬新なデザイン、低床化による乗りやすさ等から好評を博しつつあり、LRV導入の動きが急となっている他、富山ライトレールのように、新しい路線により、LRVが軌道区間と鉄道区間を走行するという、LRTのような形のシステムも実用化されてきた。そして、京都、堺、福井を始めとして、様々な都市において路面電車の建設の検討が進められている。しかし、フランスのように年に数都市の割合でLRT路線の営業が始まると言ったような動きとはかけ離れ、非常に歩みが遅い気がする。これは、なぜなのだろうか?この原因を究明しない限り、日本でのLRTの普及はないと思われる。
 そこで、今年の5月、こうしたヨーロッパ、特にフランスのLRT実情(パリ、ボルドー:写真3、ストラスブール、クレルモンフェラン:写真4)を調査する機会を得たので、そこでの経験を踏まえ、日本にLRTを普及させるためには、何が必要か、そして、交通研はそのために何が出来るのか、しなければならないのかについて雑感を述べることとする。
 そもそも、なぜ、LRTなのか、自動車で便利ならばそれで良いのではないかという議論がまず始めにあると思われるが、これは、「地球の温暖化防止のために環境負荷の小さい公共交通機関の利用を促進する。」と言うお題目で話が片づけば何も問題はない。しかし、実際は、人々はお題目だけでは自動車利用は止めない。すなわち、自動車利用と同程度以上の利便性をLRTが提供することにより、初めてLRTの存在価値が生じると思われる。従って、なぜLRTが必要かという問に対しては、「LRTを利用することにより、今以上に便利になります。結果として、地球温暖化防止にも寄与します。」という回答でなければ、LRTの普及はないと思われる。フランスにおいても、都市にLRTを導入するためには、市民の合意が必要で、それを得るために何年もかかったと聞いた(クレルモンフェラン)。何度も、公聴会、討論会を開き、なぜLRTなのか、LRTにより何が変わるのかを説明、議論して、次第にLRT導入の気運を高めたということである。日本においても、こうした議論、討論の場がもっと必要ではないかと思う。
 では、LRTの良さをわかってもらったところで、LRTを実現するためには、都市計画、街作りとリンクさせることが必要であるが、それをフランスではどうしたかというと、地方政府の権限で決められるという点が大きい。地方政府が、優先信号の設置や、バスアンドライドのためのバス路線網の再編、パークアンドライドのための駐車場整備を主体的に決定し、整備できる点に特徴がある。日本では、優先信号は警察との協議、バス路線は国やバス事業者との協議等で調整に時間がかかり、場合によっては、路面電車の優位性が理解されない場合もあるが、フランスでは、地方政府が導入を決めたら、政府の権限により、路面電車を中心として、積極的に指導できる点が大いに異なることと思われる。これは、地方分権のフランスと中央集権的な日本のシステムの違いによるもので、これを一朝一夕に解決することは容易ではない。
 さらに、財政的な問題もある。フランスでは、地方政府の責任において財源を確保して、国の予算にあまり頼らずにLRT建設が可能であるのに対し、日本では、国の予算的な裏付けがないと建設もままならないという現実がある。また、日本では、公共交通といえども赤字が許されないという風潮があるのに対し、フランスでは、公共交通は「都市の装置」として、ガスや水道と同じ感覚で、必要なものだから赤字も補填するという考え方が浸透している。これも日本とは大きく異なる風潮である。
 いずれにしても、フランスと日本では、公共交通の導入に関して、考え方、制度等が全く異なるので、フランスのような形のLRT導入を目指していては、なかなかLRTが実現しないと言うことになる。従って、日本流のLRTを目指すにはどうすればよいかと言うことになるが、明確な答えは見つからない。否、見つかっていたら、とうの昔にLRTが普及しているはずである。従って、答えに結びつく方向性をここでは考えてみたい。
 一つは、「市民の合意形成である」。これは、導入を検討している自治体でも既に行われていることではあるが、やはり「LRTを入れると便利になる」をキーワードとした議論、討論が必要ではないかと言うことである。しかし、現実的には、自治体レベルで、都市計画、バス路線の再編を独自に決定できないということもあるが、それを前提とした議論を始めないと路線の建設には進んでいかないと思われる。
 次に、「本当にLRTが良いのか」についての議論も必要である。都市の規模、中心市街地の集積度から言って、バス路線の充実化でも良い都市もあるはずで、LRTを導入することのメリット、デメリット、他の交通システムとの比較を客観的な資料、シミュレーションにより定量的に示すことが必要ではないかと思われる。
 さらに、財政的な裏付けがなかなか確保されにくい現状では、建設コストの議論も重要である。赤字にならないLRT作りも考慮して、「どういったLRTが必要か」という議論も重要である。その都市に相応しいLRTとして、LRVの選択(どんな性能、容量を有するLRVが良いのか等)、採用する政策(パークアンドライド、トランジットモール、バスアンドライド等どれを採用するのか)を検討して、いくつかの案からコストパフォーマンスの良い案を選ぶと言ったことも重要ではないかと思われる。
 こうした方策を採ることにより日本のLRT導入が促進されればよいが、それにあたり、交通研としてどんなことが出来るかと言うことを考えると、「市民の合意形成」に関しては、交通研が、LRTに関する情報ハブとなって、各種情報を自治体、事業者、市民に効果的に提供する。あるいは、LRT導入に関する議論の場を提供し、LRTに関する理解を深めることが可能である。「本当にLRTでよいのか」、「どういったLRTが必要か」については、交通研が所有しているLRTシミュレータにより、各地域にLRTを導入した効果を、自動車交通流の変化や、輸送量の変化で定量的に示すことが可能である。こうした技術的な支援でLRTの導入効果を評価可能である(むろん、導入する必要がないという評価もあり得る)。
 いずれにしても、これから未曾有の高齢化社会を迎える日本においては、自動車交通に頼っている都市作りでは、高齢者ドライバーの交通事故増加や市民の交通の足の確保の問題が深刻化してくると思われる。また、地球温暖化防止の観点から、公共交通へのモーダルシフトも重要な課題である。こうした課題を解決する一つのツールがLRTであることは間違いなく、したがって、このLRT導入促進を図ることも交通研の重要な使命であると考える。そのために、交通研としては、「LRT情報ハブ」、「LRT導入シミュレータ」というツールで、日本において一つでも多くのLRT導入に貢献していきたいと考えている。


写真1 トランジットモール(ストラスブール)

写真2 バスアンドライド(パリ)

写真3 ボルドー(架線レストラム)

写真4 クレルモンフェラン(1本レールゴムタイヤ)


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