交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

005 「自動車審査」をご存じですか
2008年06月26日
戸澤 秀実(自動車審査部 部長)

自動車審査とは何か。
自動車審査とは販売前の自動車(正確には、大量生産される自動車)についてその代表車を用いて、衝突安全試験、ブレーキ性能試験、灯火器性能試験や排出ガス試験、騒音試験などを実施したり、書面の審査を行いまして安全及び環境の基準に適合しているかどうかを判断するものであります。

このことによりまして、安全確保及び環境保全上問題のある自動車が販売されることを未然に防止することができます。この他、一台毎の自動車の試験を行うことを省略することができますので、社会的なコストの観点から見て非常に効率的なシステムと言えます。

交通安全環境研究所自動車審査部はこれらの審査を公正、中立な立場で実施する我が国唯一の公的試験機関であります。

日本には現在約8000万台の自動車が保有されており、その利便性、私有制などの理由から私たちの生活に欠かすことのできない存在となっております。一方、その負の面も看過できません。すなわち、例えば、交通事故による死亡者は6000人近くおり、負傷者は約100万人を数えます。また、大気汚染や最近では地球温暖化問題なども社会的に大きな問題となっております。これらの安全、環境の問題を解決することはくるま社会を維持する上で至上命題とも言えます。

このため、各国において、安全、環境の基準が策定され、年々強化されてきております。現在の状況をどう判断するかは難しいところですが、世界一とも言える高密度な我が国のくるま社会において、まがりなりにも道路交通がそれなりに整然と運営され、環境問題も改善の方向に向かっているのは、これらの基準の整備に負うところが大きいと思います。また、その基準を裏で支えているのが、審査業務かと考えられます。

基準強化の効果について、幾つかその例を見てみます。
まず、衝突時の車両の安全性能の飛躍的向上です。
昭和63年以降交通事故死者数が1万人を超え、第2次交通戦争と呼ばれる事態となりました。特に、車両の衝突による死亡者数の急激な増加が大きな問題となりました。このため、前面衝突時の乗員保護を目的に平成6年に乗用車に、平成9年にはキャブオーバー型の乗用車や小型トラックに前面衝突の基準が導入されました。また、交差点などにおける側面からの衝突に対応するため平成10年に側面衝突の基準が導入されました。このように順次規制が強化されたことにより、衝突安全性能は飛躍的に向上し、その結果、平成17年時点で約1200人(30日以内死亡)の削減効果があったと推定されております。(国土交通省調査)
次に、環境保全についてです。
道路沿道における二酸化窒素の環境基準の達成状況を見てみますと、昭和60年代には60%台でしたが、最近では90%を超えるようになり、大きな改善が見受けられます。また、粒子状物質についても近年劇的な改善が見受けられます。自動車の総走行距離は増加しておりますので、1台毎の自動車から排出される窒素酸化物や粒子状物質の量が基本的に大きく削減されたことが貢献しております。これらに関する規制は昭和50年代からまず乗用車に、その後、大型車については特に平成に入ってから大幅な規制強化が数次にわたってなされ、規制をする前と比べますと10分の1以下になっております。

このように規制の強化は大きな効果をもたらしていると言えますが、それを支えている、すなわち、販売される自動車が実際、安全、環境の基準に合致しているかを担保しているのが自動車審査であります。

ところで、販売される自動車が安全、環境の基準に合致しているか担保する手段としては事前のチェックと事後のチェックの方法があります。国際的に見ますと、日本を含めほとんどの先進国では事前のチェックを導入しています。唯一とも言える例外が米国の安全規制です。米国の安全規制では、基準は定めますが、販売前に基準への適合性の確認は政府が関与していません。メーカーの自己責任となっております。政府は事後(販売後)に自動車を抜き取って基準への適合性を確認します。もし、基準不適合と判断されますとリコール命令をかけ、ペナルティーが課せられます。また、米国は大変な訴訟国家ですので、欠陥車による自動車事故に関しては膨大な損害賠償がメーカーに請求されます。さらには、被害者救済の観点が比較的強い製造物責任法(PL法)が整備されております。このため、メーカーには当然自己抑制が強く働くこととなります。このような社会の仕組みを前提に他国とは違うチェック方法がとられていると思います。一方、我が国は米国とは社会の仕組みが大きく異なっています。また、政府が当然責任を持って事前に安全、環境保全の確認をすべきだとの考え方が主流を占めていると思います。何か問題が発生すれば政府は何をしていたのかと問いかけられるのが常ではないでしょうか。ですから、事前チェックは、社会システムや国民の意識などを考慮すると我が国では適した手法かと思われます。
ただ、考えなければならないのは、事前チェックには限界があると言うことです。すなわち、審査はある一定の条件の下で試験を実施し、安全性能、環境性能を確認しているということです。多種多様な使われ方を審査に完全に反映させることは困難だ、ということです。もし、多種多様な使われ方を反映させて審査を実施しようとしますと膨大な手間とコストがかかりますし、それでも全ての使われ方を反映させることは不可能です。では、事前チェックは効果が非常に限定されるかと言うと必ずしもそうではないと思います。試験方法に耐久試験的な要素も加えておりますし、また、事前にチェックすることにより自動車メーカーが不適合の車両を製造しないための抑止効果も期待できます。

以上のことを考え合わせると、審査は新車を中心としたある一定の条件の下での安全性能、環境性能の確認を基本とし、一方、使用時に一定期間毎の保守点検が必要であります。この両者の組み合わせが社会的なコストも考えますと合理的かつ効果的かと思います。さらに、万一、使用段階でメーカーの責任に負う不具合が発生した場合にはリコール制度があります。
このように総合的な事前及び事後のチェックシステムにより安全確保、環境保全を図るのが合理的な仕組みだと考えられます。国際的にもこのような考え方で一般的には運営されております。

今後の審査のあり方について少し触れてみたいと思います。次のような視点が重要になってくるのではないでしょうか。

○一つは国際化です。自動車は国際商品ですので、基準の統一化の動きは当然の流れです。自動車審査についてもこれらの動きと呼応して国際化が求められております。現に我が国と欧州諸国などとの間で自動車の装置に関する相互承認制度(ある加盟国で承認された装置は他の加盟国で改めて審査する必要がない制度です)が構築されており、今後ますます国際化が進展していくことは間違いありません。特にアジア地域での自動車の生産、販売などの急速な発展は注視すべきです。これらの動向を踏まえ国際化に対応できる審査体制の整備が必要です。
○先ほど、安全確保、環境保全には総合的な取り組みが必要だと述べましたが、今後はこれらのシステムの連携が一層必要かと思います。例えば、リコール事案の分析により各メーカー共通するような事案に関して審査方法への反映を検討することや、また、不具合が多く発生するメーカーとそうでないメーカーとの間で事前チェックに濃淡をつけるような仕組みも検討の余地があります。米国の環境規制にはこのような考えが導入されております。
○安全技術の流れは今後、予防安全、すなわち、事故を未然に防止する技術が急速に導入されることが予想されます。従来の予防安全の技術に関してもブレーキ試験などがありましたが、これからはエレクトロニクスをさらに駆使したスタビリティコントロールや衝突回避技術などの予防安全を目的とした先端技術が急速に登場し(既に一部登場している)、これらに対応した規制や審査が求められることが予想されます。新技術の場合は、試験法や基準が明確に定められていないケースもあります。このような場合、技術の本質を見定めないと、適切な審査ができません。これら
の審査には、従来以上により専門性が必要となります。技術の進歩を必要以上に阻害しないように、また、必要に応じて適切な判断やアドバイスができるような体制の整備が必要と考えております。

最後になりますが、今後とも時代の要請に応える審査を実施することにより、人と環境に優しいくるま社会の健全な発展に大きく貢献できると考えております。


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