交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

003 地球温暖化対応と自動車
2008年03月31日
大橋 徹郎(理事長)

●はじめに

 21世紀は「環境の世紀」とも言われています。有限な資源と化石エネルギーの膨大な消費によって築かれた20世紀型の「豊かな社会」構築の価値観は炭酸ガス等を主因とする地球温暖化による気候変動危機への対応が最大の課題となりつつある中、「再生可能エネルギー創成と持続的社会実現」に向けて大幅な転換を余儀なくされています。
 時あたかも4月1日から京都議定書に定められた温暖化ガス削減の約束期間が始まり、また7月には「洞爺湖サミット」も予定されていて、わが国においても従来以上の削減努力とポスト京都議定書に向けての新たな枠組みへの検討が急務となっています。
 さて、自動車は電力や鉄鋼業と並んで炭酸ガス多発生分野であり、将来に向けてそのあるべき方向性が注目されており、関係者の一人として微力ではありますがその責務の重大さを痛感する次第であります。以下に自動車の地球環境問題への関わりとその対応の方向性について私見を述べ、多少なりとも読者諸兄の参考となれば幸いであります。

●交通安全環境研究所における環境対応研究の概要

 現在、先進国が排出する炭酸ガスの3割が自動車起因と言われており、21世紀の環境とエネルギーに関する最大の課題の一つは、増え続ける自動車用のエネルギーを如何に供給するかという問題に帰結されますが、それは「化石燃料資源の枯渇」と「炭酸ガスによる地球温暖化」によって規定され、その解決は「極限迄の省エネルギーの推進」と「エネルギーの質的転換」の両面に依存し、時系列的にその技術的可能性と経済性にて実現性を議論する必要が有ると思われます。
 京都議定書発効により、我々は地球温暖化ガス、特に炭酸ガス排出削減に大きな責務を負いますが、その実現は危ぶまれています。産業分野の炭酸ガス排出量は1990年対比で2005年のレベルにおいて漸減しているのに比べ、民生と運輸部門の炭酸ガス排出量は大幅に増加しつづけています。特に運輸分野は20%強も増加していて、自動車での炭酸ガス削減への期待と責務を重く受け止めなければなりません。
 交通安全環境研究所における環境対応研究(地域大気環境対応と地球環境対応を含む)の概要を図1に示しました。短期的には「燃費評価法と改善の方向性およびその基準化支援」、中期的にはDME、FTD、CNG/LNG等を主とする「石油代替燃料自動車の評価と実用化推進およびその基準化支援」、そして中長期的な課題として「地球温暖化対応に軸足を移した新燃料自動車技術の方向性」等の取り組みが挙げられます。それと平行して、都市を中心に公共交通機関への「モーダルシフト」の加速に向けてのLRT等新交通システムの評価と導入促進も重要な柱と位置づけています。

●究極の自動車エネルギー

 トヨタ自動車が試算した「well to tank」と「tank to wheel」の積算による総合的な自動車 各燃料方式の温室効果ガス排出量比較を参考にして検討した結果、炭酸ガス排出が極めて少ないか、あるいは究極の「炭酸ガスフリー」自動車のイメージは以下の3ケースと考えられます。 即ち、
 1) 水素燃料自動車
 2) バイオマス燃料自動車
 3) 電気自動車
及び、これらの組み合わせになるのではないでしょうか。
 先ず最初に「水素燃料自動車」について述べます。
 水素は水の循環を考えると、まさに再生可能でクリーンなエネルギーであり、燃料電池自動車や水素内燃機関への適用等が期待されています。当然ながら「tank to wheel」の炭酸ガス排出は0ですが、「well to tank」時の排出は水素の生産方式にて左右されます。製鉄COGからの水素やバイオマスからの水素にての燃料電池車の炭酸ガス排出はかなり低位であると言われています。
 ただし、水素燃料自動車の実現には超えねばならない数々の困難な課題も想起されています。
例えば、安全性、低価格化、耐久性向上等が挙げられています。しかし、それにも増して重要な 課題は安価でクリーンな水素の製造法ではないでしょうか。過渡的な普及段階では化石燃料ベースの水素製造(改質)が主とならざるを得ませんが、将来水素の需要が高まる程に、いずれは全く炭酸ガスを排出しないクリーンな製造方法へ転換せざるを得ないと考えられます。自然エネルギーや原子力エネルギーによる電気分解や熱化学分解が有力と言われていますが、安全性、 経済性をも含めて総合的に考えた場合、その実現性はかなり低いのではないでしょうか。さらに私見ではありますが、「安定な水から水素を分離しうるに必要なエネルギーが水素が再度水に戻る時に発生するエネルギーを下回る事は無い」との熱力学の第二法則に矛盾するとの根本的疑念が払拭できません。
 次に「バイオマス燃料自動車」について述べます。その概要と方向性を図2に示しました。
 現在地球上で光合成による炭素年間生産量はエネルギー換算で3000EJ(エクサジュール;10の18乗ジュール)で、年間の化石資源総炭素消費量300EJの何と10倍も生成されていると言われています。勿論、その全てがエネルギーに転換しうる訳ではありませんが、エネルギー転換に提供可能な廃棄物系のみでも100EJ程度とされ、化石燃料消費の1/3を補償しうる膨大な量となります。日本においても全エネルギー供給量の10~15%を補う潜在力を持っているとされています。これにエネルギー生成を目的とした「菜種」や「サトウキビ」などの栽培型バイオマスの可能性を加算すると、この数倍もの量になると予想されています。
 さて、各種バイオマス資源からのエネルギー生産ルートは多様ですが、現在一般的なのは植物油からのエステル化による「バイオディーゼル燃料」や、微生物発酵を利用した「エタノール」生成が主となっています。今後更なる生産性向上やコスト削減の為の新生成技術として、各種熱化学的方法や超臨界流体利用法等も開発中であり期待されていますが、なんと言っても 穀物等の食料との競合は避けるべきで、今後は建築廃材や穀物採取後の葉や茎などのセルロース起源、さらには海洋栽培の藻類等による「エタノール」製造技術の確立等が強く望まれています。
 高度成長時代を経て、経済的に「豊かな日本」が実現されたかに見えましたが、それを支えたのは高度な物造りを基盤とする「工業化社会」でありました。これは反面、意図せざる結果として「農林業」衰退を惹起し、「食料・エネルギーの自給率低下」を招く事に繋がったとも言えます。
今後、農山村主体での「バイオマス燃料」生産が実現すれば、過疎農地や山林の復権、中央と 地方の最適な分担関係等への一助にも繋がるのではないでしょうか。これによって「農林業」が「新しいエネルギー産業」の一面をも併せ持つ事に繋がるのではとの期待もあり、日本が世界に誇る「豊かで良質な緑と土と水」がこれをより加速するのではと思われます。
 しかしバイオマス燃料にも本質的な問題が内在するのではと思われます。バイオマス燃料は京都議定書にて「カーボンニュートラル」と定義されていますが、燃料として使用した場合には当然炭酸ガスが発生し、炭素循環と地球の炭素吸収能のバランスから考察するに、この定義にはかなり疑義があります。即ち「人為起源の炭酸ガス発生量が地球の炭酸ガス吸収能力(,年間約130億トン)以下に削減された後、それを上回る炭酸ガス発生がバイオマス起源である場合にのみ大気中への炭酸ガス濃縮は無い」と理解すべきではないでしょうか。これに関しては前回の当HP掲載の川野氏の「コラム」にて詳細が述べられていますのでご参照下さい。

 最後に「電気自動車」について述べます。
 図3に「電気自動車(ハイブリッド車も含む)の方向性」の概要を示しました。当然の事ながら電気自動車の長所としては「環境対応性」や「エネルギーの高効率変換」「良制御性」等があげられます。他方、欠点としては「短運行距離」や「長時間充電」が挙げられ、この欠点対応の「電池の大容量化」と「急速充電」技術の開発が期待されています。現在の期待度と開発スピード から推察するに、かなり近未来に両者に解が見られる可能性があります。ちなみに、当所のPRになって恐縮ではありますが、現在国交省のプロジェクトとして産官学にて推進している「電磁誘導による非接触急速充電方式のハイブリッドバス」の開発もその一例であり、現在鋭意実用化に向け推進している最中であります。
 但し、「電気自動車」にも根本的な課題があります。即ち、「well to tank」における「炭酸ガスフリー発電」の実現であります。短期的には自然エネルギーの普及促進が強調されていますが、大量の発電量確保には相当の時間と更なる効率改善が必要と言わざるを得ません。
 中期的には現状の化石燃料や一部バイオマス燃料による発電を前提に排出炭酸ガスの「回収・貯留」が有望視されています。既に小規模試験が国内外で実施されていますが、技術的にも経済的にも達成可能な見通しを得るのはそう遠くない時期とも予想されていて、有力な対策と期待されています。
 より長期的には、やはり原子力エネルギーが再認識されるべきと思われます。従来の原子力発電とは異なり、長期的にほぼ無尽蔵の燃料資源の期待に応える為の「核燃料サイクル」の安全かつ安定的な開発とその実用化が期待されるのではないでしょうか。特に燃やした燃料以上の燃料が生成される「高速増殖炉」の実用化開発は急務と思われます。思い返すと初期の実験炉にて「Na」漏れ事故を起こし開発が中断されたことは記憶に新しいが、エネルギー小国の日本が地球温暖化対策と経済性とを両立させうる稀有な技術として、過去の反省と対策の上に立って より安全な技術に高めることが極めて重要と思われます。
 日本の自動車産業は既に「ハイブリッド車」を初めとして次世代型の低公害車開発に取り組み、将来の大幅な炭酸ガス削減の技術的可能性に関して、かなりの手応えを感じているのではないかと思われます。炭酸ガス多発生の他分野、電力や鉄鋼さらには民生なども何れは本稿に述べた様に直接間接を問わず、「電気エネルギー」との関わりに深く帰結して行くのではと考えています。

●炭酸ガス削減の目標-ポスト京都議定書に向けて

2007年に報告された国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」はポスト京都議定書の新たな枠組みに向けての議論に先立って、多くの科学者の参加による確度の高いデータを元に次のようなメッセージを送りました。即ち「対策コスト最小で気候変動を緩和させる為には大気中の炭酸ガス濃度を400~450ppm、産業革命からの気温上昇を2~3 ℃以内に抑える必要がある。この為には炭酸ガス排出量を2050年には2000年比50%程度減らすことが必要で、しかも今直ちに決断し、今後10~20年以内に実効を挙げることが大切」と。
 欧州や日本政府も大筋では2050年に向けての炭酸ガス半減の総論には賛意を表していますが、
「全ての国の参加と相応の削減義務」に関しての各論、とりわけ国別や分野別の削減数値目標化に関しての考え方には大きな隔たりがあるのが現状です。発展途上国に比べて先進国の削減負担が相当重くなるだろう事は覚悟しなければなりませんが、一律の削減には合理性、納得性の無いのも事実であります。今後、2013年から始まる新たな枠組み期間とその内容に関し、これを解決して更に前進する為の叡智と決断が求められています。中でも科学技術による解決がその中心になることは論を待たず、この観点から先進国により厳しい目標が課せられ、それに向けての更なる「省エネ」と「新規技術開発」への取り組みが求められるのは当然の事と言わざるを得ません。
 一私見ではありますが、先進国としての過去の大量排出への責務と省エネ努力への貢献の両面の公正な評価を数値目標検討に際しては考慮すべきと思われます。そこで提案として、ベースは「一人当たり炭酸ガス排出量を現状から半減させる」事とし、「単位価値創造の原単位、例えば国別単位GDP当たりの炭酸ガス排出量」を省エネ貢献の目安として「国別の総量排出目標」からのディスカウント代として活用する方式です。例えばいわゆる「トップランナー方式」にて技術支援時の「排出量」算定に充当可能とする事などです。参考までに国別単位GDP当たりの炭酸ガス排出量と一人当たり排出量を図4に示しました。この図を熟視して、皆さんもお考え下さい。

●おわりに

 人類共通でしかも次世代以降に影響が深刻になる「地球温暖化」対応に関して、主として自動車の観点から述べさせて頂いた。
 上記に述べた技術的対応と同時に、問題の複雑さと過大さから、平行して人々の価値観やライフスタイルの転換を含めた新たな社会システムの構築を目指す必要性も大切です。
 炭酸ガス排出による地球温暖化の根源は「地球規模での人口増加」と「人々の豊かさへの希求」がその原因であり、限られた「食料とエネルギー」の最適な供給と分配と抑制が本質課題であろうと思われます。近代科学技術の果実を先行取得し得た先進国により過大な責務と貢献が課せられるのも当然の事と受け止め努力する必要があるのではないでしょうか。


図1


図2


図3


図4

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