交通安全環境研究所 National Traffic Safety and Environment Laboratory

001 地球環境保全と安全・安心な社会の創成
2007年08月27日
松本 陽(交通システム研究領域長)

 私の所属する研究所の名前が「安全・環境研究所」というからではないのですが、今、世の中で最も必要とされているのは、「地球環境の保全」と「安全で安心な社会」の創出ではないでしょうか。


●地球環境保全は待ったなし

巨大ハリケーン、氷河の喪失、猛暑、暖冬、北の海で南の魚が大漁・・・多くの人が、その危うさを身に沁みて感じ始めていると思います。「鉄道の省エネ性を事業者自らもっとキャンペーンすべきだ」と電気学会の研究会で議論していた頃から十年余。やっと、「新幹線でエコ出張;CO2が航空機の1/10」というJRの広告が出るようになりましたが、考えれば考えるほど事態は絶望的に見えてきます。
京都議定書の目標達成のためには、自動車単体の排出量改善もさることながら、環境負荷が1/10以下の鉄道など公共交通システムへのモーダルシフトが必要であると言われています。しかし、今のところ目立った進展は見られません。


●中国。今はエコ国家だが・・・

わが国だけを見ていれば、まだいいのですが、隣国、中国の状況を見ると、将来の恐ろしさは倍増します。最近、中国鉄道大旅行なるシリーズが、テレビで放映されていますが、これを見ると現在の中国はかなりエコな国家に見えます。輸送の主力は鉄道。バイオ燃料の練炭もまだ使われています。この中国の十余億の人たちが、近い将来、今の日本人のような生活をし始めたら・・・私は、正確な予測データを見ていませんが、CO2排出量の大幅な増加は間違いありません。
最近、地球環境保全に関する関心は急速に高まりつつはありますが、迫り来る危機と現実の対応の間には、まだ大きな隔たりがあるように思えます。


●抜本的政策が必要!

ここまで危機が迫ってくると、ある程度、国民にも痛みが伴う政策が必要な気がします。例えば、自動車燃料における揮発油税の一般財源化が話題になっていますが、むしろ環境税として、少々増税して自動車の運行の抑制を図りつつ、地球環境改善のためのモーダルシフトに投資するような政策を、国交省が提唱しないのは、素人目には不思議にさえ思えます。また、自動車燃料における税収は、後述する安全対策にも積極的に投じるべきではないかと思います。


●とりあえず、自分のできることから

といいましても、私自身には、ほかに抜本的な名案は浮かびませんので、当面は、「公共交通システムへのモーダルシフトの研究」など、自らに与えられた仕事の成果を世の中に役立てるのと、自分の身の回りの省エネから始めていくことに致します。


●事故防止と安全性の向上

もうひとつの課題、安全・安心な社会の創成の方に話を移しましょう。研究所に勤めて三十余年。どちらかというとこちらの方が本職と言えるかも知れません。新しい交通システムの安全性評価や鉄道事故の原因調査などに関わってきましたが、学会などで、他の交通モードや他分野の事故調査、事故防止などを勉強する機会も少々持てました。
最近、事故の"多発"に関連して、「安全・安心な社会」ということがしばしば言われています。「安心な」という概念は、従来は余り使われなかったもので、今日的な言葉です。安全と安心は、ほぼ同義のようにも思われますが、「狂牛病(BSE)のような確率的にはほぼ安全に近いが、極めて確率は低くても罹ると極めて悲惨なので、安心できない」というような感覚の違いがあるのでしょうか?安心は理想ですが、工学的には定義しかねる概念かも知れません。


●社会は危険になって来ているか?

ここ数年の主な鉄道事故と社会的に問題となった事故や安全に関わる問題を図にあげてみました。2005年には福知山線、羽越線という悲惨な大事故が起こり、その他、中越地震における新幹線の脱線など各種の事故も発生し、2004~2006年にかけて鉄道における顕著な事故が続いて起きています。

一方、鉄道以外でも、三菱ふそうのハブ破断、耐震偽装、2社のエレベータ事故、ジェットコースター事故、回転ドア事故、複数の大手メーカーによる暖房機、湯沸器事故など、各種の死亡事故が発生しています。また、自動車交通事故については、1992年の11,451人をピークに死者数は減少を続けていますが、2006年でなお6,300人余りの人が亡くなっています。さらに、事故件数、死傷者数については、いずれも年間100万ほどあり、ほとんど減少していないのが実情です。

 

●最近、気になる事故の背景

生活水準の向上とともに、安全性向上への要求はただでさえ高まっていくのに、それと背反して、事故が多発すれば、安全・安心な社会を望む声が高まるのは当然と言えます。
これらの事故原因を考えると、背景に下記のような傾向が見られるのが気になるところです。

(1) 揺らぐ基盤技術、基礎的技量
先端・先進技術に比して、基盤技術が軽視され、その結果、低下して来ていないか?
メンテナンスのための要員・経費減が事故発生に影響していないか?
(2) 危険、事故に対するバーチャル概念
軽微な事故や不具合に遭遇する機会が減少したために、不具合への経験が乏しく、軽微なうちに復旧処置ができない。また、危険事象を体験していないため、危険回避が観念的にしかできない。
(3) 些少な事項に対するマニュアル増のため、肝心なことの遵守がおろそかになってしまう傾向が見られる。
もう1点。これは、言い方を誤ると誤解される危険があるのですが、敢えて言わしていただくと、
(4) 日本人の危険回避能力が退化して来ていないか?
規則を守っていれば、安全。機械が必ず守ってくれる。機械はちゃんと動いて当たり前。異常になるはずがないといった機械に対する過信がある。これは、わが国の機械の信頼性の高さの裏返しでもあるのですが、個々人が自ら、危険を避けようとする意識も維持すべきだと思います。子供に対する教育においても。ちょっとした注意で、避けられたり、軽微ですむ事故もあるはずです。


●事故再発防止のためには各界の行動が必要

それでは、事故を減少させ、防止させるにはどうすればよいか、考えてみましょう。事故防止のためには、起きてしまった事故の原因を分析して、それを教訓として再発防止を図ることが重要です。
そして、事故調査の過程では、それぞれの組織で、それぞれの立場から、総力をあげた再発防止のための調査活動が重要となります。すなわち、事故調査委員会などの専門の機関に任すのではなく、監督官庁、運輸事業者、メーカー、施工業者、保守業者、研究機関、関係学会、利用者、市民が、それぞれの立場からできることをやることが必要なのです。
特に、事故を起こした当該の事業者やメーカーの果たす役割は非常に大きいのです。作った者、使ってきた者が、最も中味を知っているのは当然です。こうした関係者の協力なくしては、真実の事故調査はできません。
そうした意味で、最終的には、技術者倫理、企業コンプライアンスに基づいた行動が、事故調査、再発防止、そして、安全、安心な社会の創出のために技術者に期待されていると言えましょう。


(社)日本鉄道車両機械技術協会 R&m 2007年7月号に掲載

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